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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)9906号 判決

原告

平子豊

右訴訟代理人

高崎尚志

長谷部茂吉

内田宏

被告

株式会社ウイルソン

右代表者

平子憲一

右訴訟代理人

伊藤博

遠藤哲嗣

片岡義夫

中村智廣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告)

「被告が昭和五五年七月一九日にした額面株式一万五、〇〇〇株(一株の金額一、〇〇〇円、一株の発行価額三、〇〇〇円)の新株の発行を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

(原告主張の請求原因)

一 被告会社は、昭和二八年六月九日に設立された有限会社ウイルソンカンパニーを、昭和五一年一二月二一日株式会社に組織変更して設立された会社であり、原告は、被告会社の株式九、九六四株(一株の金額一、〇〇〇円)を有する株主である。

二 被告会社は、昭和五五年七月一九日、一株の金額一、〇〇〇円、発行価額三、〇〇〇円とする額面株式一万五、〇〇〇株を発行した(以下、本件新株発行というのはこれを指す。)。〈以下、省略〉

理由

一原告主張の請求原因一及び二の事実は当事者間に争いがない。そこで、本件新株発行が無効であるとの原告の主張の適否について判断する。

二まず、右の判断にあたつて、必要な限度において本件紛争の経緯と背景についてみることとする。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。即ち、

被告会社は創業者の原告がカーワックスの製造・販売を目的として設立した有限会社ウイルソンカンパニーを昭和五二年一二月二一日株式会社に組織変更した会社であり、組織変更前はもとより組織変更後も資本関係及び役員関係は原告の親族である平子一族が占め、本件新株発行前の被告会社の株主構成は別表の旧株式持株数欄記載のとおり平子一族が全株式の97.15パーセント強を有し、同一族が支配する同族会社であつたこと、被告会社は創業以来原告が代表取締役として実権を握り、実子の平子憲一(現被告会社代表取締役)及び平子斉(前被告会社工場長、憲一の実弟)がそれに協力して運営されて来たが、昭和四〇年代後半頃から原告の健康上の理由と実子憲一が経営者としての実力を付けて来たことから被告会社の実質的経営権は、原告から右憲一に委譲され、株式会社に組織変更された頃には原告の推せんにより営業を担当していた井本敬が被告会社の取締役に抜擢され、被告会社の役員に平子一族以外の者が参画し、被告会社の役員は原告が代表取締役、右憲一、右斉及び井本敬が取締役、原告の妻平子チヨが監査役という構成になつたこと、その後、被告会社の経営は実質上右憲一があたつていたこと等から原告は代表取締役を退き右憲一を代表取締役にして自分は取締役会長となり、後見にあたることにし、昭和五三年一月一〇日の取締役会においてその旨の辞任・選任の手続を了したこと、同年一一月一日原告の実子であり右憲一の実弟である平子邦雄が日本カーボン株式会社を退職して被告会社に入社し、当時被告会社の工場長をしていた斉の補佐役として工場に勤務することになり、同年一二月四日工場に赴いたところ、会社を支配している平子一族に対し不満と不信を持つていた工場の従業員全員が右邦雄の工場長補佐として工場に勤務することに抗議して職場放棄の挙に出たため、同人の処遇について困窮し、原告、憲一及び邦雄の三者間において話合いがなされ、昭和五四年二月五日邦雄は本社総務部長として勤務し、月額三〇万円の給与の支給を受けるとの話合いが成立したこと、ところで、平子一族、殊に原告、斉、邦雄らは従業員が平子一族に反感を持ち、右のような職場放棄の挙に出たのは取締役井本敬が煽動しているのであると考え、同人を被告会社から排除することとし、同年三月一五日開催の定時株主総会において任期満了に伴う役員選任にあたつて右井本を再任せず、代りに邦雄を取締役に選任したうえ井本の処遇については取締役会に一任するとの決議をしたこと、そして、同月一八日開催の取締役会において井本の処遇について審議がなされ、同人の退職慰労金は退職金規定により計算した従業員の退職金の三倍とすることとし、合せて同人の処遇については適当なポストがないので従業員としても退職させるとの決議がなされたこと、しかし、右憲一は右決議に反対の意見を有していたところから、右決議後引続いてなされた取締役の業務担当の件について右憲一が代表取締役に、前記斉が製造担当常務取締役に、原告が取締役会長に引継き就任し、新規に右邦雄が井本に代つて営業・総務担当常務取締役に就任することに一応決まつたものの、憲一は営業部長が井本から邦雄に代つたこと等を理由に代表取締役を辞任する旨の申出をし、そのため暫定措置として一定期間経過後憲一は代表取締役を辞任し、原告が代表取締役に就任することで合意をみたこと、ところが、井本の役員不再任と実質上の解雇を知つた従業員らはこれに反対し、翌一九日以降抗議行動を起し、約半月間被告会社の業務は著しく停滞するに至り、原告らも井本の役員不再任と解雇を撤回せざるをえなくなり、同年四月一四日に再度株主総会を開催し、井本を含め従前の取締役の重任と右邦雄の取締役の新規就任の決議をして一応の解決をみたこと、しかしながら、原告としてはそのような結末に不満があり、従業員の問題にしろ、井本の問題にしろ、これらを抑え込めない憲一に腹立しさを覚え、同月一六日、わざわざ録音テープで会談の内容を録取させる方法を用いて憲一と会談し、表面上年をとつたから若い者に経営の一切を委せて自分は引退するなどと言いながら、憲一に原告の有する全株式をすぐにでも買取るよう突き付けるなどして困惑させ、同年七月一六日には取締役を辞任するに至つたこと、その後同年一二月被告会社の従業員をもつて組織する労働組合は年末一時金として総額一億二、〇〇〇万円を要求し、会社側の総額四、八〇〇万円の回答を不服としてストライキ行動をとつたこと、組合側がこのような行動に移つたのはかねてから会社の利益をいろいろな名目で平子一族が取得しているとの不満がうつ積していたことによるものであり、組合の態度と行動が強行であつたため、代表取締役の憲一をはじめ、斉及び邦雄ら平子一族の役員は出社せず、事態の解決の見通しのないまま年を起してしまつたこと、その間の昭和五四年一二月三〇日、憲一を含め、原告、斉、邦雄ら平子一族はこのような事態を招いたのは取締役井本が組合員を煽動して平子一族を排除し被告会社を乗っ取ろうとしているからであるとして、井本の取締役解任のための臨時株主総会招集のための取締役会招集通知を出したこと、ところが、年明け早々に憲一は井本に対する疑惑を誤解に基くものであるとして事態の解決に向けて行動し、一月四日にはストライキが解除され、井本の取締役解任の意思もなくなつたことから、原告、斉、邦雄らはこれに反発し、斉の取締役辞任、原告の商標使用料の値上げ要求、邦雄の非常勤取締役としての最低報酬額の要求等が次々になされ、ここに親子、兄弟間に反目が生じたこと、ところで、被告会社の決算期は毎年一月二〇日であり、昭和五五年三月三日定時株主総会招集のための取締役会が開催され、同取締役会において憲一から当期利益の処分案として株主配当金を例年通りとし、役員賞与を少額に抑え、別途積立金を計上する案が提示されたところ、邦雄は利益を株主、役員、従業員等に配分し、内部留保しないよう要求して、憲一の提示案に賛成する井本と対立し、結局、憲一提出の利益処分案を株主総会に提出することが憲一及び井本の賛成、邦雄の反対の票決で決議されたこと、そして、同年三月一九日被告会社の第二七期定時株主総会が開催され、会社側から同期の決算報告書及び利益処分案についての審議と承認を求めたが、当日監査役の前記チヨからの決算書類に対する意見報告がなされなかつたため後日に続行することとなり、同年四月四日被告会社が定時株主総会の総会を同月一八日に開催する旨の通知を発したところ、同月一〇日付内容証明郵便をもつて監査役の右チヨから被告会社宛に被告会社の決算書類中損益計算書の役員報酬の額が本来支出されるべき額より一二〇万円少く計上されているのは取締役斉に対する昭和五五年一月分の報酬一二〇万円を支給していないためであり、また、取締役邦雄に対する役員報酬を昭和五五年一月分から本人の承諾なしに三〇万円に半減させたとの二点から会社提出の決算書類には法令違反があり監査役として承認できない旨の通知がなされ、同月一四日開催の株主総会においても決算書類の承認は得られずに終つたこと、そして、この点についてはその後においても前記株主構成の持株比率からいつて承認を得られる見込はなく、従つてまた、被告会社はその決算期の税務申告も出来ない状態にあつたこと、そうした状況の下にあつたが、被告会社は事業計画としてかねて企画した新製品(エナメルコート等)の発売を計画どおり同年夏頃に実施することとし、そのための資金調達を新株発行の方法による増資をもつてすることとし、同年六月二〇日頃代表取締役の憲一と取締役の井本とで新株発行事項についての案を固めるとともに新株の応募者を予想して新株の割当についても大概の案を取り決め、同年七月二日開催の取締役会招集通知書に他の案件とともに「新製品発売並にそれに伴う資金調達増資の件」を掲げて取締役の邦雄に通知し、同日開催の取締役会において出席した憲一、井本及び邦雄の三取締役において本件新株発行について審議がなされたこと、同取締役会において憲一及び井本は本件新株発行の必要性及びその発行価額の妥当性を力説し、邦雄は新株の発行価額が低いことを主たる理由として反対したこと(但し、採決がなされたか否かはさて置く。)、しかし、邦雄も新株の発行自体については反対ではなかつたこと、また、同取締役会においては、憲一及び井本側から原告及び斉との対抗上同人らが取締役として在任中自己の出費を被告会社の経費として経理処理していた点の調査とその責任追及の件についても議題として採り上げられ、原告らからその点についての事情聴取をする役を邦雄が荷負うこととなり、邦雄からその点についての話が原告らになされたこと、そのため原告及び斉は憲一及び井本に対してより一層強い不信の念を持つに至つたこと、本件新株発行は株主、役員及び従業員を対象として直接募集の方法が採られ、応募した者に対し、別表の新株式持株数欄記載のとおりの割当がなされ、それらの者から全額の払込を受けて本件新株の発行がなされるに至つたこと、この結果、新株発行後の各株主の持株数は別表の合計欄記載のとおりとなり、原告、邦雄及び斉ら一派より憲一及び井本ら一派の方が上廻ることとなつたこと、しかし、憲一の家族らの株式を合せれば、平子一族は依然として全株式の70.32パーセント強を保有し、被告会社はなお同一族による同族会社に外ならないこと、かような事態になり、原告は憲一に対し不信と不満を持ち、被告との間で各種の法的紛争が生じているが、こと被告会社の経営者という点ではその能力及び手腕から憲一を置いて他にないとの考えに変りはなく、同人に対する不信・不満というのも同人が非同族の井本らに踊らされ、それらの者に被告会社が乗つ取られるのではないかとの危惧から出ているものであること、以上の事実が認められる。

三ところで、新株の発行は、元来株式会社の組織に関するものではあるが、授権資本制を採用し、新株の発行を取締役会の専属事項とし、ただ株主以外の者に対して特に有利な発行価額で新株を発行する場合にはその者に対して発行しうる株式の額面・無額面の別、種類、数及び最低発行価額について株主総会の特別決議を要するとしているにすぎない現行法の下においては、新株の発行は、むしろ、会社の業務執行に準ずるものとしていると解するのが相当であり、殊に、会社が資金の調達を目的としてするいわゆる通常の新株発行においては、資金調達方法の決定という業務執行の範囲内の事項にかかわるものであり、そして、いつたん新株が発行されれば、新株の取得者の保護という面ばかりでなく、会社の企業経営の観点からすれば、新株発行により増加した資産は本来他の資産とともに会社の事業収益の源泉としての費用に充てられるべき性質のものであるとともに、対外的にはそれは株主より優位に保護されるべき会社債権者との取引の弁済源資となり、また、会社債権者の債権の一般担保の引当にもなるので、新株発行を無効とすることは会社債権者にも重大な利害が生ずることであるから、新株発行の効力を判断するに当つては、旧株主の保護よりもこれら新株取得者・債権者等の取引の安全を重視すべきであつて、新株発行の手続上の瑕疵をもつて直ちに新株の発行を無効とすべきではなく、その瑕疵による法益の侵害と新株発行における取引の安全とを比較考量して、後者を犠牲にしてもなお無効としなければならないような場合を除いては、たとえ手続上の瑕疵があつても有効とし、その瑕疵に対する法的措置としては取締役の責任問題等をもつて処理するのが相当であると考える。

かような見地から、原告主張の各無効原因について、以下判断する。

(一) 取締役会決議の欠缺について

本件新株発行について取締役会の決議があつたかどうかについては当事者間に争いがあるが、その点はさて置くとして、たとえ取締役会の決議がなかつたとしても、取締役会の決議は会社の内部意思の決定にすぎないものであるから、対外的に会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した本件においては、新株発行の無効原因とはならないと解するのが相当であり、この点についての原告の主張は採用できない。

(二) 新株発行事項の公告と払込期日との間の期間欠缺について

本件新株発行事項が官報により公告されたのが昭和五五年七月四日であり、本件新株の払込期日が同月一八日であつたことは、〈証拠〉から明らかであり、右事実よりすれば、右公告と払込期日との間に商法二〇八条ノ三ノ二所定の二週間に一日足りないことになる(なお、被告は、昭和五五年七月二日に原告は取締役平子邦雄から本件新株発行事項について告知を受けている旨主張しているが、右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。)から、本件新株発行についてはこの点において瑕疵があることになる。しかしながら、商法二〇八条ノ三ノ二の新株発行事項の公示の規定は、株主に新株発行差止めの機会を与え、株主の有する新株差止請求権が有効に行使されることを保障するために設けられたものであり、その公示の時期を払込期日の二週間前としたのは、株主に新株発行差止請求の準備とその請求に対する一応の判断(仮処分申請に対する判断)のための時間を考慮して定められたものと解されるから、全く公示を欠いたのとは異り、ただ所定の二週間より一日足りないだけの本件においては、株主の有する新株差止請求の行使を著しく阻却したとはいえず、従つて、その瑕疵は新株発行における取引の安全との権衡上無効原因とはならないものと解するのが相当であり、この点についての原告の主張は採用できない。

(三) 株主総会の特別決議を経ずに株主以外の者に有利発行したとの点について

本件新株発行価額が特に有利なものであつたかどうかはさて置き、たとえそうであつたとしても、この点についての株主総会の権限は新株発行に関しての会社の内部手続の一つにすぎず、旧株主の経済的利益の保護は取締役に対する損害賠償請求(商法二六六条一項五号)とか、不公正発行価額による新株引受人に対する差額金請求(同法二八〇条ノ一一)とか、により回復が図れるものであり、また、株主の会社に対する支配的地位の保護という点についてみても、本件のように直接募集による新株発行の場合にはあらかじめ募集広告等に割当方法を定めていないかぎり取締役に割当自由の原則が認められているのであるから、株主総会の特別決議を経ていないことは、新株発行無効の原因とはならないと解するのが相当であり、この点についての原告の主張も採用できないといわなければならない。

(四)  本件新株発行が著しく不公正な方法によるものであるとの点について

本件新株発行がなされた経緯と背景は前示認定のとおりであり、それらの事実関係よりすれば、未だ本件新株発行が原告主張のように憲一らにおいて被告会社の支配権を奪取するためのものとまで断ずることはできず、その他本件全証拠に照らしても、本件新株発行を無効とするほどの著しい不公正な方法であつたと認めるに足りる事情は認められないから、この点についての原告の主張もまた採用することができない。

四以上のとおり、本件新株発行の無効の理由として原告の主張するところは、すべて採用することができないので、結局、原告の本訴請求は認めるに由ないものといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (海保寛)

別表〈省略〉

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